過去に乗ってきたバイク達


         ある晴れた日の一枚
過去の車歴(2輪)・・・

1st. スズキRG50ガンマ 2nd.スズキウルフ50 3rd. スズキバンバン50
4th. スズキバンバン75 5th. ヤマハR1−Z 6th. ホンダCRM80
7th. スズキRGV250ガンマ 8th.ヤマハDT125 9th.ホンダVTZ250
10th.スズキレッツU  11th.ヤマハFZR250 12th.ホンダ ジョルノ
13th.カワサキZZ−R1100  14th.ホンダNSR80 15th.カワサキZZ−R250
16th.カワサキKSRU  17th.バイクの手帖。 17th.入荷未定


現在の所有車はCRM80、KSRU、NSR80、CBR600F4i、ZZ−R1100です。


RG50ガンマ


BENは高校卒業と同時にクルマの免許を取り、クルマの免許を
取った10日後、当時の中型二輪の免許を取りに通った。
中免を取りに通う5日前に友人から譲ってもらったバイクが
スズキRG50ガンマである。確か1万円だった。
元"族車"だったの個体を友人が10万ほど掛けて初期化した
ものだが、テールカウルとCBX400のテールレンズ&ウインカーが
族車時代を彷彿とさせていた。「アンチノーズダイブシステム」なる
システムがついていたが、そんなことより何よりもフロントブレーキが
利かなかった。ここまで利かなかったのはこの個体だけだったと思うが・・・。
いろいろなトラブルにに悩まされ、かなり長く付き合っていたような
気がしていたが、実際にはどうやら半年程の付き合いだったようである。
この個体はキャブのオーバーホール後、謎の電装系トラブルで次の車体の
ドナーとなる。





ウルフ50


50ガンマが壊れた直後、友人が不動の50ウルフを持っていることを
思い出し、連絡を取る。「かくかくしかじか」と話し、譲って
もらうこととなった。確か1万5000円だった気がする。
その日のうちに彼の実家から軽トラックで運んでもらった個体は
50ガンマの白とは対照的な黒い車体であった。
ちなみに50ガンマと50ウルフは双子車なので、中味はまったく一緒である。
不動車だったウルフに50ガンマの部品をあれこれと移植して動くようにする。
困ったことにこのバイクは前車のようにフロントではなくリヤブレーキが効かなかった・・・。
このバイクはその後、数年の間家にあることとなり、最後は知り合いに譲った直後に
チェーンが切れて転倒、廃車となったそうである。





バンバン50


よくよく考えれば、このバイクが我が家にいた年数としては一番長い。
BENが小学校の頃にはすでに家にあったバイクである。バルーンタイヤを
前後に履くいわゆる「レジャーバイク」で、良くも悪くもスズキらしい
ファニーなバイクであった。BENが高校の頃に河川敷で初めて乗ったバイクも
これである。結局公道で乗られる事はほとんどなかったが、楽しいバイクだった。
これも電装系に最後まで泣かされた。ちなみにオレンジ色の個体であった。





バンバン75


これはBENが学生時代に我が家にやってきた。前出の50と違い75ccで、
なおかつ50の3速ロータリーミッションではなくちゃんとした(?)4速リターン式
ミッションで、なかなか速かった。バルーンタイヤなので高速コーナーなどは
苦手だったが、オフロードの走破性はピカイチだった。こちらの方は
バルーンタイヤに空気を入れられるように手動の空気ポンプが
備え付けられていた(!)。後にこのバンバン50と75はまとめて
50ガンマと後に250ガンマを譲ってもらう友人のところへ引き取られていった。
これはモスグリーンの個体だった。





ヤマハR1−Z


免許を取って1年半、やっとここで中型バイクを手に入れることとなる。
奇しくもBENが免許取得後1ヶ月で初めて乗った中型バイクの個体そのものが
こちらに回ってきた。ヤマハの2スト250ccのパラレルツインの
ネイキッドである。初めて乗ったときはナメていたので、4000rpm位までは
「なーんだ、ガンマ(原付)に毛が生えたくらいなもんじゃん」などと思っていたが、
1秒後にブッ飛ぶこことなる。強烈なトルクに負けてレッドゾーンに
2000rpmも残してシフトアップすることとなってしまった。
5500rpmより上の回転域ではとても使い切れないほどのトルクがあった。
BENはこのR1−Zでジムカーナに目覚める。2ストの本領は高回転域なのだが
低速トルクもある程度あり、且つ充分なハンドル切れ角と扱いやすいポジション、
わりと軽い車体のおかげで走らせ易かった。教習所コースでのテクニカル
セクションでは速い人が乗るNSR250以外ではなかなかいい勝負ができた。
約2年乗った。





CRM80


ジムカーナのお師匠さん2人のうちの片方から秘蔵のCRM80を譲ってもらう。
オフ車なのだが、オンロードタイヤを履いている、「ジムカーナ車両」である。
実はものすごく由緒ある個体で、日本には全国区のジムカーナ大会が2つあるのだが、
そのうちの片方でブロス650が2台、ゼファー750が2台に続く総合5位に
入った(!)個体そのものである。フロントは17インチのため履けるタイヤが多く、
バトラックスのBT−39を履いているが、リヤは14インチというサイズのため
種類がほとんどなく、カブのタイヤを削って履かせていた。そのためリヤはよく滑った。
そのほかはチェーンなどに秘密のセッティングはしていたものの、全くの
ノーマルである。抜群のハンドル切れ角とバンク角、この上なく軽量な車体と上体の
自由さはアンダーパワーを差し引いてもアドバンテージがあった。
テクニカルコースでは負け無しである。このCRMが我が家のバイク群の中では
12万円と一番高かった(笑)。これは今でも所有している。





RGV250ガンマ


先ほどから時折出てくる友人(彼はドカティ900SS他、一時期7台を所有していた
ツワモノである)から彼が作ったニコイチのガンマを譲ってもらう。最初は彼の
ジムカーナ車両にと作り始めたのだが、簡単にアップハンにできないなど、諸問題の為
あきらめて譲ってもらったのだった。このころ前述のR1−Zを買い戻したい、との
BENの3代前のオーナー(!)が言っていたのでガンマを買った、という経緯がある。
この個体はエンジンが規制前の45馬力、フレームは規制後というもので、あれこれと
トラブルに悩まされ続けたが、それも解消してオーナーに扱いきれない程のパワーを
体感させてくれていた。2000年5月、保管場所不足のため手放してしまった。
ここ所有したバイク群の中では一番速かった。





DT125


「125R」だったっけ??会社の先輩から不具合申し送りで譲ってもらう。
バッテリー交換とキャブのオーバーホールを強いられたが、最近またキャブ(だと
思うが・・・)がぐずり始めている。キャブのオーバーホールは計5回ぐらい
やったようである。最初はオフ車として乗ろうか、CRMよりパワーとタイヤの選択の
自由度を活かしてジムカーナ車両にしようか迷ったが、結局、うちの親父が手頃なサイズ
とパワーに気に入ってしまい、親父の管理のもと山菜取りのアシになってしまう(笑)。
したがってキャブのオーバーホールなども全部親父がやっている。BENはガソリンを
入れに行く係である。これは2001年5月末不具合申し送りとともに引き取られていった。





VTZ250


親父の会社の同僚の人からヤマハのメイトともに我が家にやってきた。メイトはすぐに
親戚の家に譲ってしまったため車歴には入っていないが、荒く扱っても破錠が無い
バイクである。さてこのVTZ、距離は35,000キロぐらい走っているのだが、
非常に程度がいい。ここに来てBEN初めての4ストのバイクとなり、同時に初の
セル付きとなる。ジムカーナ車両にブロス(VT650)が優れていることは
知っていたので非常によいステップとなった。燃費の恩恵はよく分からないが
極低速でのアクセルのピックアップなどは2ストに乗り慣れたBENにとって
怖いほどのものがある。低速から高速(はちと辛いが)までしっかり使える優等生
バイクのように思う。
ノーマルバージョン.jpg パニアバック付き旅バージョン.jpg




レッツU


記念すべきBEN初のスクーター。友人から「お不動様の状態で別の人から
買ったのだが、やはり直せなかったので修理して欲しい」と頼まれて、修理しているうちに
愛着が湧いて買い取った逸品。キャブレータを全バラシして徹底的に
オーバーホールしたら動いた。
なかなか程度もよく、近所のアシに、父親の通勤の足にと、とても重宝したが、新たに
原付免許を取った知人に譲ってしまった。現地(東京)で今も元気に動いているそうである。





FZR250


BENがバイクの免許を取った頃からいとこが持っていたバイクである。ただ、近所の峠で
思いっきり転倒して以来動いていないという状態で譲ってもらった。よくよく聞いてみたら
不動期間5年程だそうで、ちょっと復活させるのは大変そうであった。
コケた時の影響で欠品部品が多く、復活を試みたものの、「新たに買ったほうが安い!」
という定番の理由で2度と陽の目を見ることはなさそうである。
後輩のSRXの部品取りとして第2の余生を過ごす予定。初のフルカウルマシンは
一度と乗られることも無く手を離れていきそうである・・・。合掌。
(追記:'03年春、オートバイ引き取り業者さんに引き取られていった、が!!
 ・・・次に続く。)






ホンダ ジョルノ


'03年の春、外で作業中にバイクの引き取り業者が近所を通ってきたので、FZR250を
引き取ってもらったときのこと。
ちょっと近所のコンビニに行くのに使う手段がなく(自転車はあるが、プジョーVTT505
にはカゴがない)、たまたまこの日、朝から苦労をしたBENは、トラックの上に
載せられたFZRの3台隣に積まれていた渋い色のジョルノに目が止まる。
売ってもらうことも可能なこと、登録や
取得に問題がない事、エンジンを始動して乗ってみても不具合がなかったこと、
前のオーナーがほんのチョイ乗り程度しかしていない事を状態からも確認して値段交渉、
14,000円(この日の手持ち全部)で買いとる。レッツ2がなくなって悲しんでいた
父親のためのバイク、ということになっている。





ZZ−R1100


友人WEST EXIT氏が時期戦闘マシンのために、愛用のZZ−R1100のD型を
手放したいという話を聞いて、「買う?」の質問に即答したもの。大型二輪の免許を取得
したものの、購入候補が予算の関係で二転三転し、定まっていなかったところに貰った話
だったので、まさに「渡りに船」だった。ZZ−Rも購入候補に入れた事もあったが、C型は
ミッションが弱いという噂を聞いていたのでパス、D型はハードは問題がないが、まだ
中古車相場が高かったので買う気にならなかった。今回はD型を格安(多分)で
譲ってもらったのでありがたかった。
これでまた二輪4台所有に戻ってしまった。





NSR80


正確には妻、四鹿の所有になるのだが、我が家に来た段階で既に結婚していたので、
ここに書くことに。結婚式の3日後、某ネットオークションで新車、まだ納車整備も
していないというNSR80を落札した。最終のレプソルカラーである。その週の週末、
群馬まで取りに行き、その状態(と車体の大きさ)から室内保管と決定、畳の部屋に
ダンボールを敷いて保管してなかなかシュールな絵面を見せている。2005年の春に
ナンバーを取得して乗るつもりである。





ZZ−R250


妻、四鹿がCBR600F4iを買うまで乗っていたバイクである。次のオーナーのところで
メンテナンスされていたのだが、そのオーナーも増車のため、行き場所のなくなった
ZZRを、以前と違って保管条件のよくなった我が家で引き取らせてもらうこととなった。
奇しくも同じZZRの長男と末弟を所有することになったが、意外にも(?)250のほうが
性格的にマイルドである。ついでに、乗りやすさも言わずもがな、である。
いくつかの持病を持ち合わせているのだが、どれも気にならない程度なので
無視することにしている。





KSRU


四鹿が出勤時に自宅でCBRを立ちゴケさせてしまったのだが、起伏にはまって
起こせなかったのがショックだったらしく、自らのバイク離れを恐れて増車に踏み切り、
選んだのがこのKSRU。ワタクシ(BEN)の長年の夢だった『スポーツ80cc3台』が
見事に揃ってしまった。
ただ、実際に長い距離を乗ってみると、どうしても膝の角度が厳しいらしく、
中距離ツーリング中の行き先で永久所有権交代をしてしまったのである(笑)。
現在はワタクシの通勤快速、兼林道マシン、兼ジャックナイフなどの練習に
使われている。







バイクの手帖。


ただのメモです。BEN向け。

2001年10月 : VTZ250で栃木まで行く
2001年12月 : CRM80林道にてリヤがパンク。
            ついでに幻の2.75のオンロードを履かせる。
2001年12月 : レッツU友人から修理で預かる。
2002年 4月 : レッツU勢いで買い取る。
2002年 5月 : VTZ250で京都まで行く。
2002年10月 : レッツU東京へ納車(クルマで)。
2002年10月 : FZR250不動のまま我が家に来る。
2002年10月 : CRM80橋の上でエンジン焼きつく。
2002年11月 : BEN大型二輪免許取得。
2003年 5月 : FZR業者が回収、代わりにジョルノ買取。
2003年 9月 : ZZR1100栃木から引取り。
2004年 4月 : Nチビ群馬から引き取り。
2004年 6月 : CRMエンジン復活。
2004年 5月 : 四鹿さんの嫁入り道具としてCBR600も同居
2004年 8月 : ZZR1100とCBR600で北海道へ新婚旅行。
2004年 8月 : ZZR250引取り。
2004年11月 : KSRU購入。
2004年12月 : ZZR250新潟へ引き取られる。
2005年 3月 : CRM冬中掛けて家の中で整備、モディファイ。
2005年 5月 : KSRとCRMの所有権が夫婦間で入れ替わる。








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