ありがとう、私にも勇気を与えてくれた

−目の前の差別を許さないとの考えでずっと続けてきたこと−



石井 美知子



  なくそう戸籍、この言葉大好きです。

 住民票と戸籍、二重に住民を管理する国は少ないと聞きます。人々を識別し、合理的な政治を行うために統一された制度が必要だとしても住民票だけで十分だと思います。

 「戸籍」。 字から受ける印象も生まれや育ちなど過去を詮索し、ひとつの集団単位として人々を把握しようという意図が感じられます。個人としての存在を確認できる制度であればいいと思います。もちろん付帯事項としてそれぞれの人間関係・履歴も記載できるでしょうし、細かいことや留意点はいろいろあるでしょうが、戸籍はいらないとの「Voice」1月号に載った意見には大賛成です。

 日本は、個人が人として生きていくのが難しい社会だと思います。すぐに枠にはめてその範囲から出ることを非難します。枠にはめる規範のひとつが戸籍。なくそう!戸籍。相続差別さえも、いまだ撤廃されていない現状ですが、撤廃を願いながら目の前にある差別との闘いを一歩づつ進めていくこと、不当な人権に対する差別・差別につながる制度の撤廃を目指して声を上げていくこと、私もその一人でありたいと思ってます。

  新年を迎え歴史と伝統を重んじる日本のあり方、とかテレビで誰かさんが言ってました。伝統って何。人が自由に選び伝えていく伝統ならもちろん大賛成です。歌舞伎や能や狂言や茶道とか、いろいろ伝統を重んじる世界がありますが、排他的世襲制がほとんどではないでしょうか。男性のみで受け継ぐ世界がほとんどって気がします。

 女性に門戸を閉ざしたり、興味のあるだけでは入れないのが伝統ならば、それは人権無視の否定されるべき伝統でしょう。「ニッポンを維持する」、このことにがんばっている人々。この人たちは、世襲制を認め特権的な権力・権威・利益を認める。

 「子供はみんな平等だよ」と言ってもわからないのでしょうか。生まれによって、差別がある。このことは絶対許してはならないことです。この言葉が自然に聞こえる日まで行動をして行きたいと思います。

 しかし現実は厳しく、私の回りではいまだに隣組・町内会というような共同体の一員として人を見るため、「あの家の誰かさんはどうした」という話が多いのです。隣人仲間同士助け合って生活する、それには反対しませんが、個性を生かすことを抑えたり監視の意味が大きくなったりする場合もあります。個人の人権を一番に考える社会であってほしいとつくづく思います。 そんな日常性なので、『Voice』を読むと元気になります。

  もう判決となるのですね。

 婚外子の相続差別の撤廃が一番だった私。でも毎日感じる目の前で行われる差別記載。まず目の前の差別を許さない。この考えで、ずっと続けてこられた田中さんたち、すごいと思ってます。一歩づつ出来るところから、始める。理想だけでは何も変わらない。このことを田中さんたちは実行されてます。私にも勇気をくださいました。ありがとうございます。 まだまだこれからも続く闘いだと思いますが、来る判決では一歩前進は間違いないと信じています。