2004年3月19日  緊急法務省交渉、報告

                         田中 須美子


  2004年3月2日の戸籍続柄裁判の判決の中で、裁判所は婚外子に対する戸籍の続柄差別記載はプライバシーの侵害と認定、しかしこれまで違法との判例はないので違法性はないと棄却してしまった。それから1週間後、法務大臣は婚外子に対する差別記載の撤廃に向けて検討することを表明した。まさかこれほど早く法務省が動くとは思わなかった。

  ところがその検討の内容は、次の日の9日の朝日新聞朝刊によると婚外子の続柄を「長男・長女」の表記に統一することだと言う。しかも差別記載の撤廃については職権では行わず、本人からの申し出で行うというのだ。

  「長男・長女」にする? うそでしょ。そんな選択肢今更ないでしょう!などと、この報道を見て驚きがっくりし、怒りに燃えた。差別記載が撤廃される時は、「長男・長女」という表記もなくなり、子どもは皆「男」「女」という表記に統一されるものと思っていた。ところがどっこい、「敵もさるもの」であった。続柄での区別が撤廃されてもなお、不必要となる長男・長女を維持するというのである。

  急きょ3月19日午後2時から法務省に対し、検討内容への質問と「長男・長女」の表記への統一ではなく「男・女」への統一及び続柄の改正は職権で行うよう、要請を行った。出席者は私たち7人と福島事務所のスタッフの斉藤さん、そして福島瑞穂さんも最初の1時間参加し、一緒に法務省側に質問と要請を行った。交渉時間は法務省側が次の予定が入っているからと2時間で終了となった。

<差別記載撤廃はいつから実施時期するのか>
  法務省の返事は「法務大臣は国会において年内にと答えているが、なるべく早く実施していきたい、そうしなければ損害賠償に問われるから」とのことだった。できるだけ早くとはいつ頃を考えているのかを尋ねたが答えなかった。

<なぜ、「男」「女」への統一ではなく「長男」「長女」への統一なのか>
  法務省があげた理由は以下の3点である。
    1     判決では、「男」「女」という区別がいけないと言っているのであって、「長男」 「長女」の表記はだめだとは言っていない。
    2     多数の「長男・長女」の表記を「男・女」に訂正することは膨大な作業で実務上困難。
    3     「男・女」への訂正は予算もかかりこれからその予算を計上しているとまにあわない、国として自治体に支出することはできない。早期実施しなければ損害賠償が問われてくる。早期実施のためにも「男・女」への訂正は難しい。
  これら3点について、私たちは以下のように反論していった。

  1について、家督相続の名残の「長男」「長女」という表記は婚外子と区別するために戦後維持されたのであり、今回その区別が撤廃されるのだから、もはや維持する根拠はなくその表記はなくすべきである、また1996年の民事行政審議会での相続差別撤廃後は「男」「女」に統一するとの決議を踏まえるべきだなどと迫った。しかしこの決議を法務省側が知らなかったので、これらをを踏まえてもう一度再検討するように要請した。

  2については、「男」「女」に改正することのほうが、実務上負担がない。「女」「男」から「長男」「長女」に変えるためには、戸籍をたどって調べていかなければならず大変な作業である。担当者に負担が大きい。しかし「女」「男」に変えるのは、「女」「男」というシールをペタペタと続柄欄に機械的に貼るだけなので、休日出勤1日でできることで、簡単である。決して膨大な作業ではない。

  3については、例えばA4の大きさのシールから、「女」「男」の表記のシールが何十枚もとれるので、膨大な枚数は必要なく予算もわざわざ計上するほどのことでもない。 「女」「男」への表記に統一しても早期実施に何等支障はない、など「長男」「長女」に表記を統一する理由をことごとく論破していった。
  結局、「長男・長女」に統一する理由は破綻してしまったのだが、それでも法務省が 「長男・長女」にこだわるので一体その理由は何かを尋ねたところ、「すべて「男」「女」にするとそれは性別になって、続柄ではなくなってしまう、そうなると戸籍法施行規則の改正ではできなくなる」からと言うことだった。

  「婚外子はこれまでずっと「男」「女」の表記が続柄だと言われてきた。これは続柄ではない性別ではないかと言っても国は続柄だと説明してきたではないか、と少し強い調子で尋ねると、法務省側は「やはり数の問題ということになるのでしょうかね」との回答だった! (性別になるからだめだというなら、子「男」子「女」でもよいのではないかとの話も出たが進展はなかった)

<記載訂正の実施方法は、本人の申し出のみにより行う>
  差別記載を撤廃し続柄統一の実施方法としては、
    1     実施後の出生届から、婚外子についても続柄を「長男」「長女」にするとのことだった。
    2     それまでに戸籍に差別記載されている続柄の訂正は本人の申し出によってのみ行う。職権では一切行わない。
    3     戸籍は『特別再生』(昨年この法律ができたとのこと)の方法で行う
 とのことであった。

  続柄の訂正は本人の申し出によってのみ行い、職権訂正の方法はとらないとの点について、私たちは、差別記載は国が行ったのだから、国の責任で職権で訂正すべきである、自分が婚外子だということを知られたくないと思っている婚外子は多い。申し出ることによって知られることになるし、申し出によって差別や屈辱をうけることも出てくる。差別の撤廃のために新たな差別を受けることになり、『申し出による訂正』は認められないと法務省に撤回を強く迫った。

  しかし、法務省は「申し出れば続柄が訂正されプライバシーが守られることになるのだから問題はないのではないか」、「窓口の職員はしっかりと研修を受けているので差別的対応をすることはない」などの反応に終始し、私たちの言うことが全く理解できない状態で、「申し出」ることができないという差別の現実を認識できない。そのため部落差別と戦前の戸籍の表記の問題について例にだすと、そこで初めて問題が何かということが少しわかったようだった。

  他に
    1     養子・養女の続柄は改正されるのかを尋ねたところ、改正はない
    2     認知のない婚外子が複数いる場合の表記はどうなるのかについては、まだ検討していない
    3     出生届の父母との続柄欄は、続柄表記が統一されるので様式が変わるのかと尋ねたところ、最初は検討していないと答えていたが、途中から改正の必要に気づき改正する必要があるとの返事となった。
  結局時間切れとなったため、法務省に対し過去の経過をとらえかえし「長男・長女」の表記は撤廃し、かつ本人の申し出ではなく職権で訂正を行うよう要請し、交渉は継続となった。

  法務省はこの交渉の中で、プライバシー一点ばりであった。「長男・長女」に統一するなという私たちの要請に、「長男・長女」に変わることが嬉しくないのかという驚きがあって、変わることは喜んでもらえるんでしょうかとの問いを私たちに発したほどだった。 頑迷なほどに申し出にこだわる背景は、判決がプライバシー侵害と認定したのみで、違法性があるほどにプライバシー侵害があるとはいっていないこと、かつ差別記載が法の下の平等違反だとは一切判断しなかったことに起因しているように思えてならなかった。婚外子の表記を婚内子の表記に「引き上げてあげる」という意識があるように思えたし、判決は行政側のそのような奢りや差別性を否定するほどの内容ではなかったからである。