2004年6月4日 第三回法務省交渉、報告

  検討の約束を反故にし、長女・長男への統一に固執する法務省
    −市町村からの多数意見も無視−
                   
      
田中 須美子


  6月4日2時から戸籍続柄表記に関する三度目の法務省交渉を持ちました。

  4月26日の交渉で戸籍続柄の長女・長男への統一の矛盾点を次々と指摘した結果、 「女・男」も含め検討する、「申し出」のみでは多くの続柄差別記載がそのままになる危惧を感じるので職権更正も含め検討する、と法務省から非常に前向きな回答を得ました。

  ところがこの日の交渉では、前回の論議がまるでなかったかのように、『続柄は「長女・長男」にする、差別記載の更正は申し出のみ』とただただ結論を言うのみで第1回交渉に戻ったかのようでした。検討すると約束した事はどうなったのかと尋ねると、他にすることがあり検討できなかったなどという非常に不誠実な対応でした。

  「婚外子は母との続柄とする」との点につき、父の認知がある場合続柄は『実父母との続柄』と規定している戸籍法に違反するではないか、と尋ねると「う−ん」とつまりつつもし  ばらくすると立ち直り、「母を単位にしつつ父母との続柄とするということで何等問題はない」とわけのわからない詭弁を弄しました。
 (例 婚姻中に長女を産み、離婚後同一の父母が婚外子の娘を生んだ場合、同じ父母の子 どもなのに長女が二人となる→戸籍法上は二女となるのではないか。)

  差別記載の撤廃を申し出のみで行う場合、申し出る婚外子は少なく圧倒的多くの差別記載が維持されていくことになるがこの点についてはどうするのかを尋ねると、「多くの差別記載が維持されてもやむをない。申し出てくれることをお願いするだけ。」との返事でした。婚外子差別の現実に初めて気付き「申し出」更正に危惧を抱いた法務省が、その後どんな論議が行われ圧力が加えられたかは分かりませんが、居直りに転じたことや何の痛みも感じない様子に怒りを覚えました。(このままでは多数の婚外子の続柄差別記載が戸籍上維持される事になると予想されますが、今回の意見募集にあたって申し出は婚外子だけではなく、親権者である母または父もできる、と追加されていました!)

  法務省はこの続柄記載につき全国の各市町村に意見を求めていましたが、その結果「男・女」や「子(男)・子(女)」に統一をとの意見が多数を占め、「長男・長女」への統一の意見は少数だったとのことです。それならなぜ多数意見を尊重しないのかと尋ねたところ、あくまで意見は参考とのことです。続柄を「子(男)・子(女)」にした場合、親になっても続柄が子では世間的感覚としてうけいれられないとのこと。父母との続柄なのだから問題ないではないかと尋ねても、「いやー、やはり子はおかしいでしょう」の一点張りでした。また、『「男・女」は性別なので受け入れがたい、なぜなら婚外子がヨーロッパのように30%、40%もあれば婚外子の「男・女」の続柄に統一できるが、日本では1、8%という少ない数字で、100万人ぐらいしかいない。そのため「男・女」が婚外子の続柄であっても婚内子に当てはめた場合は続柄とは言えなくなる』とのことです。

  要は「長女・長男への統一を」との意見が多数ではなかったため、多数意見は参考扱いにしたのだと思います。何がなんでも続柄は「長女・長男」にしようとする法務省ですが、圧倒的多数の声で何とか姿勢を改めさせていきたいと思います。


話し合いの行方

                       小林 郁代

  4月26日は、3時間にも及ぶ熱気溢れる話し合いだった。法務省が、その主張する戸籍の続柄欄の「長女・長男」表記への統一に関し、如何に整合性を説明できるのかが焦点だった。婚外子は母との続柄を基準とするということ、職権更生でなく本人の申し出で更生するということの問題点や、養子・養女の場合、あるいは棄児の場合の続柄表記はどうなるか等。戸籍の続柄記載がどのような差別の根源になっているのかを、法務省側に丁寧に説明するような話し合いだった。

  私には裁判の敗訴も心外だったが、なぜ判決を反映してなされる是正が「長女・長男」表記への統一なのかわからなかった。が、交渉で伝わってきたのは、裁判はあくまでも勝訴なのだから国側が正しいという大前提。そして国が守るのは一般的な国民の利益なのだから、少数派の国民は区別するべきという態度だった。差別を区別と巧妙に言い換える彼らは、棄児の続柄のケースについても知らず、養子・養女に至っては、それは公言するようなことで被差別の認識は無いので検討外だと言い切った。

  私の母が実母をやっと探しあてたのは50代になった義母亡き後で、現在でも自分の出生を精神的な重荷として抱き続けている。私が非婚で婚外子の子どもを産んだことを知った友人は、初めて自分が母の連れ子で養女だったこと、資産家の養父に結婚を反対され、養子縁組みを一方的に取り消されたことを話してくれた。差別は根が深く、人の心の傷も深い。法務省の役人には本当に人権意識を持って欲しい。しかし他の問題については懇々と事例を挙げて説明すると検討すると言い始め、話し合いは次回に期待を込めて終った。

  ところが6月4日の話し合いでは、なぜか法務省側の態度は豹変し、硬化していた。限られた1時間の中で、「長女・長男」表記への統一は法律的根拠がなくても行なう、差別的状況があっても職権更生はしないと言い放ち、市町村から代替案が多く集まっても、それは参考意見に過ぎず変更はあり得ないとまで言った。

  今回法務省への抗議の声をお願いした人の中には、双子なのに順序がつくことを苦痛に思い続けてきた人や、父親が書く郵便受けの順序がいつも弟の後だったことを話してくれた人もいた。子どもに序列をつけ分断する「長女・長男」表記をやめ、より平等な続柄になるよう、抗議の声を、気持ちを、是非法務省に届けたい。    


お笑い、法務省交渉

                        川口 勝吾

  もうかれこれ何度目かになる法務省との交渉。毎回議論の内容はほとんど同じで、法務省側の法的根拠のない「長女・長男」方式への異常なこだわりでいつも議論が繰り返しになってしまい、聞いているだけでも多大な体力と気力を要している。法務省側の基本的な姿勢は「婚外子の問題はごく一部の人たちの問題でたいしたことはないから参考までに聞いてあげますよ」といういかにも形式的な態度がミエミエである。そして一部の人のために大分部の人の戸籍を替える必要はない、だから「女・男」への統一は行なわない、面倒なので職権ではなく申し出により行なう、それに伴ういろいろな矛盾も見解の相違だ、という。法務省が各市区町村戸籍係に行なったアンケート結果についても「長女・長男」方式は少数派で、「女・男」方式がよいという意見が多数であったにもかかわらず…。

  しかし交渉の中で田中さんや福喜多さんの理論的で鋭いツッコミでタジタジの法務省の担当者は、毎回奇妙な主張をして笑いを取ってしまい場を和やかにしてくれる。例えば 「女・男」ヘの統一ができない理由の1つとして「すべての戸籍を訂正するために用いる紙やのり代は誰が払うのか」という(爆笑)。思わず、私が払いますよって言いそうになった。他にも6月4日の交渉の中で父母との続柄を「子(女)・子(男)」に統一することができない理由として「自分が親になったとき、自分の戸籍の父母との続柄が子ではおかしいでしょう。親になったのに子ですよ、子、変ですよね?」などと、まるで誰もが当然共感するかのように真顔で力説してくる(これだけでも笑える)。これに対しては「自分の親に対しては子なのだから当然でしょう」とごく当たり前の意見がでる。

  しかし交渉は決して無駄ではない。議論を重ねていくうちに、毎回前半ロー・テンションでぎこちない回答しかしない担当者をどうにかイジクリまくって興奮させ、終盤に「そうかあ、もう1回検討しなければならないのかなあ」などとなるように何とか洗脳して (笑)、次回の交渉までに前進を促すという戦略(?)により、微妙な変化が見られる。

  6月4日の交渉で彼らは、珍しく最初からハイ・テンション、質問すべてに堂々とゼロ回答、前回までの議論もどこ吹く風であった。もしかしたら早い幕引きを狙っているのかもしれない。やばいですよ、みなさん!法務省に不幸の手紙、いやいや抗議のメールや手紙、FAXをどしどし送りましょう! 

 =========================================

「参考にする」ことは「無視する」ことなんて言わせない

                        伊藤 美恵子
  
  「(前略)日本の場合、(略)政治の美学化が起きたり、政治の世界の中で美や情にまつわるような言葉が幅を利かすことになるのではないか(略)逆に政治とはまったく絶縁しているように見える情や美意識が、突然"政治化"し、雪崩を打って"オール政治"に豹変することにもなるのではないか(後略)」「在日」姜尚中著 よりのものすごい乱暴な引用なのだが、6月4日の法務省の回答を聞きながら、私はこのフレーズを思い出していた。

  法務省は消去法で選んだ結果、やはり当初通りの長男長女式にするという。その消去法というのが、曰く「親になっても"子"という続柄はおかしい」「男・女は性別で続柄ではない」したがって残る選択肢は「長男・長女」しかない、というものなのだ。いくつになっても親と子の関係は親子、孫がいようと親に対して子は子、という余りに自明の理がわからない法務省。そして「男・女」は婚外子にとって(立派な…とは言わなかったかもしれないが…)続柄なのだと言いはってきたのは、ほかでもないあなたたち法務省ではなかったか。今更、男・女は続柄ではないって、冗談?本気?と思わず絶句してしまった。ここまで非論理、一貫性のなさに開き直れるのは何故? 一方、長男・長女式続柄が法制上全く意味のないことも認めている。

  つまるところ「長男・長女」式が好き、家父長制の残滓は日本に必要、日本の伝統(ほとんどの庶民にとってたかだか100年くらいの)はすばらしい、と言っているわけだ。余りの思いがけなさに私の頭の中ではドラマ「冬のソナタ」の「本当に好きというのに理由なんてない」というセリフがこだましていた。イカン、全然カンケーなかった。更に、どんなに批判が多くても単に参考にするだけという。現に各自治体からの意見集約も長男長女式の賛成は少なかったという。法務省は何一つ正直には言わないが、そのことはまた、とても正直にあることを言っている。つまり、私達がやっていることは、多分、社会の根元をゆるがすことなんだ、と。

  「神奈川の会」では、「婚外子の立場からはモチロン婚内子からも長男長女式の続柄がどんなに苦痛で時代錯誤かということも言っていこう」と話し合った。皆さんも是非!