戸籍でけんかしたい人のための基礎知識(2)

嶋崎久美子



場面2 出生届



(1) 戸籍と住民票の混同



『お客様A』 これ、どういう意味ですか。

『お客様B』 この子は帝王切開ではないので、テキシュツシではありません。

『お客様C』 吸引分娩はどっちですか?





 十数年前に息子の出生届を出したとき、嫡出子か否かの欄は記入せずに提出しました。結果的には、法務局の指示により、受付した台東区役所が「嫡出でない子」という付箋をつけて受理することになりました。

私が戸籍係にいた間に、同じような拒否の方が4〜5人いらっしゃいました。12年間で4〜5人ですから、圧倒的な少数派です。

 でも、記入してくる方が多数派というわけでもないのです。半分くらいのかたは記入しないまま出生届にきます。

 出生届を提出にきた方が嫡出子か否かの欄を記入していないと、拒否するのかなあと私は一瞬うきうきするのですが、すぐに裏切られます。大多数の方は「これ、どういう意味ですか。」と聞くのです。「婚姻届を出しているお二人の間の子どもさんが嫡出子です。」と答えると、「ああ、じゃ、そうです。」と、あっけなく記入してくれます。

 VOICE読者の皆さんと同様に私も『嫡出』という言葉には非常にこだわっていましたので、多くの人が嫡出子の意味を理解していないことに驚きました。現在の日本では、嫡出子であることがあたりまえすぎているのでしょうか。

 たまに、婚姻届を出しているカップルなのに嫡出でない子にチェックをしてくる方がいます。「あのお、ここの欄なのですが、」と聞くと、「うちは普通分娩ですからテキシュツでないほうです。」と言われてすごく嬉しくなります。

 初めて子どもを授かった親にとっては、紙の上の序列よりも、大変だった出産を経て無事に生まれてきてくれたことのほうが重要です。子どもが生まれた喜びのほうがずうっと大きいですよね。

改めて思います。この世に生を受けた瞬間から差別する法律って何なのでしょう。



(2) 戸籍がないと?



『お客様D』 出生届を出さないと困りますか。



 私が戸籍係にいた間、成人で戸籍のない方は3人いました。一人は住民票もない方でしたが、二人は住民票がありました。うち一人は銀行に勤めているということでした。3人ともふつうに社会生活を送っているようでした。

 戸籍がなくても、結構何とかなるもののようです。私は息子の出生届を出してしまったけど、少し軟弱だったかもしれないと反省しています。そのときは頭のどこかで戸籍がないと大変だと思っていたのです。でも、何がどう大変なのかを、じっくり見極めるべきでした。

 では、出生届を出さないとどうなるでしょう。今は、国の指導により、戸籍に載っていない子については住民票を作らない扱いですので、住民票は作られないものとします。

 子どもが小さいとき、健康保険に入れないと大変です。親が国民健康保険の場合は、区役所の担当課とかけあって何とか入れることができました。でも社会保険の場合は、詳しいことは解りませんが、一般に住民票の添付が必要になるようでした。一人の方は、勤務先の社会保険に入れるためには住民票が必要と言われ、やむを得ず出生届を出しました。

 義務教育に関しては当然受けられるはずですし、区役所の関係は割と何とかなると思います。

絶対ダメなのがパスポートの取得。国際化の時代に海外へ行けないのはちょっと辛いでしょうか。(北朝鮮からの一時帰国者の一人は、戸籍が抹消されているのに、住民票も勿論ないのに、パスポートが作られたようですね。例外を拡げてほしいものです。)

 もう一つダメなのが婚姻届。成人で戸籍のない3人のうち一人は、婚姻届を出したいが戸籍がないということで相談に見えました。法務局に問い合わせたところ、出生届を出すように指導しなさいと言われました。

ちなみに死亡届は出せます。というか、戸籍法上、日本国内で死亡の場合は死亡届を出さなければなりません。死亡の事実があり死亡届が出された以上、役所は火葬許可証を発行することになりますので、火葬までは何とか進むと思います。その後、死亡届の扱いは、受理した役所が苦労することになるでしょう。

 相続はどうなのでしょう。相続人・被相続人であることの証明は、どのようにするのでしょうか。

 いずれにしろ、健康保険さえクリアーできるなら、出生届を急ぐ必要はないようです。

 もし将来出生届を出す可能性があるなら、出生証明書は保管しておきましょう。出生証明書があり、かつ届出義務者である親が生きていれば、出生の事実から何十年経っていても、出生届はわりかし簡単です。但し、出生届は出生の日から14日以内に出さなければならないので、それを過ぎていると過料を取られる可能性はあります





場面3 婚姻届



(1) 再び、『家』制度意識



『お客様A』 『入籍』したいのですが。



 戸籍では『入籍』いう言葉は広義と狭義二つの意味があります。

 広義の『入籍』は、文字通り新たにその戸籍に入ることをいいます。出生により親の戸籍に入るのも入籍です。戸籍の変動がある場合は、入籍と除籍が同時に起こります。たとえば婚姻届では親の戸籍から除籍されて夫妻の新戸籍に入籍します。広義では離婚にあたっても入籍するのです。

 狭義の『入籍』は、親と氏を異にする子が親の氏を称するための届出のことをいいます。親の苗字が変わったからといっても子どもの苗字には影響しませんから、親子で氏が違うことはよくあります。そういうときに入籍届によって、子が親の氏を称します。

 「『入籍』したいのですが」というお客様には、時々意地悪をして「子どもさんのですか?」と聞きます。そうすると大抵きょとんとしています。

 戸籍法のどこを見ても『入籍』が婚姻の意味だなんて書いてありません。しかし、テレビや週刊誌などは呆れるほど『入籍』といいます。

 身近なところでは、荒川区職労が結婚休暇に関する要求をしたときに『入籍』を使っていたのには驚きました。その時は抗議して訂正してもらいましたが、男性執行委員だけでなく、女性執行委員もおかしいとは思わなかったようです。

 戦前の『家』制度の時代、女性は無能力者とされていましたから、結婚により夫の家に入り戸主の庇護の下に入ることは、多くの女性にとって命を長らえるのに必要なことでした。このことは否定できないように思います。

しかし、今、時代は変わりました。女性は「保護の対象」から「自ら輝く主体」になりました。女性を無能力者に押し込めていた『家』制度に、守ってもらう必要はなくなりました。

 それなのに、マスコミの影響もあってか、若い人たちは婚姻届という意味で『入籍』という言葉を使います。戦前の意識を引きずり、男の子は『入籍』という言葉を使って女に責任をとる偉い男になったつもりになるようです。(いざとなったら責任なんかとらないで逃げてしまうかもしれないのに。)女の子はどうなのでしょう。もしかしたら、独身時代は自由に生きてきたけど、一度は結婚して封建的な戸籍制度に入ってみるわ、という決意表明かもしれません。(すぐに飽きると思いますが。)



(2) 再び、戸籍と住民票の混同



『お客様B』 夫の両親と同居なので新戸籍は作りません。



 「親の家から出て夫妻の新居に移る」場合は、「親の戸籍から抜けて夫妻の新しい戸籍を作る」ことを疑問に思わない方でも、妻が夫の両親の家で同居の場合は新戸籍を作らないと思ってしまうようです。(逆に夫が妻の両親と同居の場合は、新戸籍を作ると思うようです。多分、氏が違うと家が違うから新戸籍を作ると思うのでしょう。)

 しかし場面1でも述べたとおり、婚姻届を出せば親の戸籍から抜けなければならないのです。住所の異動は無関係です。1948年1月1日以来そういう扱いになっています。しつこく言いますが、住民票と戸籍は全く別のものです。



(3) 婚姻届は義務?



『お客様C』 婚姻届はいつまでに出さなければなりませんか?

『お客様D』 そんなめんどうくさいこというなら婚姻届なんて出してやらないぞ。



 たまにCのような質問をされる方がいます。こういう方には、住所の異動は届出なければならないが、婚姻届は義務ではない旨を説明します。Dは、届出に来たのに書類が足りないとか記入漏れがあるとか指摘されて、切れた方。このタイプの方もまれにいます。「そうですね。出さないほうがいいですよ。」と言ってあげたかったのですが、余計に怒り出しそうなので頷くだけにしていました。