戸籍でけんかしたい人のための基礎知識(3)



嶋崎久美子



場面4 離婚届



(1) 離婚後の戸籍の異動



『お客様A』 夫が家を出たので、私はこの戸籍に残ります。

『お客様B』 子どもと一緒に実家に戻るので、子どもも私の旧姓に変わります。



 離婚においては多くの場合、婚姻届における以上に戸籍の異動と住所の動きが違うので皆さん戸惑うようです。

 婚姻届出は、離婚に際し姓を改めた者(ほとんど女性)が夫妻の戸籍から除籍され復籍するか、若しくは自分一人の新戸籍を作ります。家を出るのは夫でも、戸籍から出るのはほとんど妻です。「うちは『婿養子』だから大丈夫です」という方でも、戸籍を見ると夫が筆頭者になっていたりします。これは男性を筆頭者にするだけのために、妻の親と養子縁組し、その上で夫の氏で婚姻しているからです。この場合も妻が除籍されます。

 さらに混乱するのが、『お客様B』のように未成年の子のいる場合です。

 現在、日本の離婚では、母が未成年の子を引き取って親権者になる場合がほとんどです。しかし戸籍上は、母が婚姻中の戸籍から除かれて新しい戸籍を作っても、子どもは父の戸籍に残ります。当然、氏も変わりません。その後親権者である母が家庭裁判所に子の氏変更の許可を申し立て、家庭裁判所の許可が出たら市役所に入籍届を出して母の戸籍に入籍します。ここで初めて、母の氏に変更となり、当初の目的達成です。

 母が離婚後も旧姓に戻らず、婚姻中の氏を名乗る場合でも、家庭裁判所の許可は必要です。同じ苗字なのに、父の氏から母の氏に変更する許可をもらうのです。(これは、「呼称上の氏」は同じでも「民法上の氏」が異なる為と説明されています。)

 裁判所の許可というと大変なことのようですが、母と同居する15歳未満の子の場合は、簡単な審査だけで100%許可されます。午前中家庭裁判所に行って、午後には市役所で入籍届というケースも結構ありました。

 とは言っても「裁判所に行ってください」と言われたら、ウッと固まりますよね。ようやく離婚届までこぎつけたと思ったら今度は裁判所。離婚はエネルギーが必要です。





(2) 親権者

 

『お客様C』 夫と離婚したのですが、戸籍を取ってみたら子どもが載っていないのです。私が親権者なのに。 

『お客様D』 子どもの親権者が父親なので、私の苗字に変えることはできないと言われました。



 (1)でも述べたように、誰が子を引き取ったかということと、戸籍とは一致しません。同様に誰が親権者かということと戸籍も一致しません。『お客様C』のケースで子を母の戸籍に載せるには、前述の通り家庭裁判所の許可プラス市役所での入籍届が必要です。

 次に『お客様D』のようなケースですが、裁判所でさえこのような誤解をすることがあるようです。以前「なくそう戸籍と婚外子差別・交流会通信 Voice」で苦労された方の体験談を読んだ記憶があります。私が戸籍係にいたとき、裁判所見学の研修で、家庭裁判所の裁判官にお話を伺う機会がありました。そこで親権者でない側への子の氏変更はできるのかを質問したところ、「そういうケースでは、変えたいと言う側が実質的な親権者になっているのだろうから、まず親権者を変更するように指導する」とおっしゃいました。

 しかし、『お客様C』のケースでも見たように、親権者と戸籍(氏)は一致しません。家庭裁判所が、子の氏変更許可の判断において親権者と関連付けるのは、全くおかしなことです。親権者の戸籍と子の戸籍が異なるのは普通にあることなのですから。裁判所の中に、子は親権者の戸籍にいるべきだという旧法の『家』意識があるのではないかと疑ってしまいます。





(3) 離婚後300日以内に生まれた子



『お客様E』 2年前から別居していたのですが、離婚届は半年前に出しました。今度生まれた子は、もちろん前の夫の子ではないので、私の戸籍に入ります。

『お客様F』 何で俺の知らない子が俺の戸籍に入ってんだ!



 民法772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する」と規定します。でも、何月何日に懐胎したかなんて、当の母親だって定かではないですよね。そこで同条2項で、「婚姻成立の日から200日後又は婚姻の解消若しくは取り消しの日から300日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する」として、生まれた日から逆算し、懐胎の日を推定します。ちょっと分かりづらい表現ですが、婚姻届を出した後に生まれても届出から300日以内に生まれれば嫡出子である、というのです。事実上の父親が誰であろうと、婚姻中に懐胎したと推定される嫡出子となります。嫡出子は父母の氏を称して父母の戸籍に入籍します。すなわち、前の夫の子として離婚前の戸籍には入ってしまうのです。

 『お客様E』のようなケースは、多くはないけれど毎年ありました。7〜8年前まで、離婚後300日以内に生まれたケースは、全員が前婚の夫の子ではありませんでした。出生届にきたお母さんたちは、「前の夫の子ではないのにどうして前の夫の戸籍に入れなければいけないのか」と、皆さん憤慨されました。中には7ヶ月の早産で、ギリギリ300日に引っかかってしまった方もいました。どう考えても婚姻中の懐胎ではありえず、気の毒なのですが、一係員にはどうすることもできません。

 逆に父親とされた側も、「お客様F」のように、戸籍を取ってみたら身に覚えのない子が自分の子となっていて、訳が分からず逆上した方もいました。



 民法で規定されている父子関係の推定は、非常に強い効力を持っています。子の推定をくつがえして父子関係を無いものにするには、裁判が必要です。民法では「嫡出否認の訴」のみを想定しています。この訴の要件は極めて厳格(訴を提起できるのは夫だけ!)で、私は12年間戸籍係にいましたが、2〜3回しか見たことがありませんでした。裁判所の方でもこれではまずいと感じた(?)のか、今は「親子関係不存在確認の裁判」によって母からの訴えを認めています。子の裁判の適用範囲は徐々に拡大しており、10年前には夫妻が別居している場合に限って認められていたのですが、今は同居中でも認められるケースがあるようです。

 これは、親子関係という重要な法律関係の実態を認めるものなので、(1)で述べた裁判のような簡単なものではないようです。裁判のことはよく分かりませんが、前夫を裁判所に呼び出すだけでも大変そうです(誰が子どもの父親かは裁判所に決めてもらわなくても、その子を育てる意思のある人が父親じゃないですか? 裁判所という国家機関が寝室に踏み込んできて、すごーく気持ち悪い)。 ともかく、子の父親の氏名を消すのであれば裁判をするしかありません。



 「お客様E」のような場合でも、戸籍係の職員としては、「前夫の戸籍には入ってしまいますが、14日以内に出生届を出してください」と言わなければならないことになっています。子の母は14日以内に出生届を出す義務があるからです。まず出生届を出して子を婚姻中の戸籍(前夫の戸籍)に入れて、それから家庭裁判所で前夫と子との親子関係不存在確認の裁判をするよう申し入れます。家庭裁判所が前夫は父親では無いと判断しそれが確定すれば、晴れて嫡出でない子になります。その後市役所で戸籍訂正申請をして、初めて母の戸籍に入ります。

 以上のような説明をすると、多くの方は「冗談じゃない。前の夫の戸籍になんて入れられない。」とおっしゃいます。そこで別のやり方を説明します。 (1)出生届、(2)家庭裁判所 が原則だけれども、(1)家庭裁判所、(2)出生届 という順番で行う、先例で認められている方法です。先ず家庭裁判所に行って親子関係不存在確認の裁判を確定させ、それから出生届を出すのです。この方法ですと、最初から母の嫡出でない子として出生届を出すことができます。(但し、出生届を出すまで住民票が作成されない場合が多いです)



 最近は状況が変わってきて、離婚後300日以内に生まれた子がが前の夫の子であるケースが増えているようです。以前は妊娠が分かると離婚を思いとどまっていたが、最近は躊躇しなくなった、ということなのでしょうか。

 子の場合は、(1)のケースと同じで、家庭裁判所の許可プラス市役所への届出により、子は母の戸籍に入籍します。





(4) 離婚して元気になりましょう



『お客様G』 私の戸籍は汚れたのでしょうか。

『お客様H』 私、バツイチです。



 離婚届を出した若い女性が、離婚後の自分の新戸籍を取りにきました。その方に「私の戸籍は汚れたのでしょうか?」と聞かれた私の同僚は、「まだ新しいからきれいですよ!」と答えていました。今思い出しても笑ってしまいます。

 戸籍が汚れるという表現は、家の体面を汚すというイメージなのでしょうか。離婚して戸籍が汚れたと心配するより、離婚して戸籍をきれいにしたと考えたほうが精神衛生上も良いと思います。

 最近は軽く、「バツイチ」と言います。私の職場に毎月来る80歳の女性も、「私はバツイチなのよ」とおっしゃいます。離婚歴がありますと言うより、バツイチですのほうが言いやすくて、離婚の明るい面を強調してくれるように思います。

 ただ、正確に言うと婚姻届を出した時点で一度バツになっていますから、婚姻届を出した子とのある人が「バツイチ」ということになります。離婚届を出した女性(妻氏婚の場合は男性)は「バツニ」が正しい表現です。