戸籍でけんかしたい人のための基礎知識(4)



                         嶋崎久美子



場面5 養子縁組届



 『お客様A』 子どもを私の再婚相手の苗字に変えたいので、養子縁組します。

 『お客様B』 大人を養子にできないでしょ。               

 『お客様C』 兄妹で結婚できるのですか?                





(1)「家のための養子制度」から「子のための養子制度」へ?

 日本の養子制度は、『家』制度のもとで発展しました。旧法以前の時代、「お家断絶」は絶対に避けなければならないことでしたから、後継ぎのいない『家』を存続させるためには家督相続人としての養子が必要でした。『家』制度が廃止された今、「家のための養子制度」から「親のための養子制度」さらには「子のための養子制度」になったと教科書には書かれています。



(2)届出だけで簡単にできる養子縁組

 養子縁組をすると、嫡出親子と全く同一の関係になりますから、実子と同じく扶養・親権・相続といった関係が生じます。

 未成年者を養子とするには、家庭裁判所の許可が必要です。ただし、自己または配偶者の直系卑属を養子とするときは必要ありません。すなわち、自分の孫や配偶者の子どもを養子とする場合は、家庭裁判所の許可なしに、市役所への届出だけでできる、ということです。民法の条文では、原則=裁判所の許可、例外=許可不要、となりますが、実際は原則のケースはほとんどなく、99%が例外=裁判所の許可不要のケースです。

 戸籍係に行くまでは、養子縁組というと「子どもを育てたい大人が育てる大人のいない子を育てる」というイメージがありました。でも、現実は全く違いました。

 第一に、大人の養子が多いこと。 ((4)(5)参照)

 第二に、親族の間の縁組が多いこと。((3)(4)(5)参照)

 第三に、未成年の子に対する福祉が不十分であること。((3)参照)

 戸籍窓口から見た日本の養子縁組の実情は、「子のための養子制度」とは程遠いものでした。

 

(3)「氏のための養子制度」−母の子連れ再婚

 養子縁組で圧倒的に多いのは、母が子連れで再婚したときに、その子と母の後夫との縁組です。

 親が婚姻すると、養子縁組をしなくても自動的に子どもと配偶者の間に親子関係ができると誤解している方が多いのですが、母の再婚の場合は、自分が再婚相手の苗字に変わると同時に子どもも後夫の苗字に変えなければいけないと考えて、氏を変更するために養子縁組をするようです。事実、ほとんどの方は『お客様A』のようにおっしゃいます。父の子と後妻が縁組する割合は、苗字が変わらないためか、母の子連れ再婚に比べて少なかったです。

 しかし、氏の変更だけが目的ならば、離婚届で説明したように、家庭裁判所で母の氏に変更する許可をもらい、市役所で母の戸籍(=母の後夫の戸籍)に入るための入籍届をすればよいのです。もっとも、裁判所と聞くと皆さん引いてしまって、この方法を採る方はほとんどいませんでした。

 (2)で述べたように、このケースの縁組は家庭裁判所の許可を要しません。でも、子の氏を変えるだけでも家庭裁判所に行かなければならないのに、養子縁組という子どもにとってはもっとずっと重大な身分変動は届出だけでできてしまうのです。とっても不思議だし、子どもにとってこれで良いのだろうかと思ってしまいます。母が選んだ配偶者が、夫としては適任だとしても、子の親権者として適するとは限らないわけですから。



(4)現代版婿養子は兄妹で結婚

 養子縁組で他に多いのは、結婚するにあたって妻の側の氏を名のることにした男性が、まず妻の両親と養子縁組し次に夫の氏で婚姻するケースです。■縁組■婚姻により、実際は妻の氏を名のっても戸籍上は夫が筆頭者になります。旧法時代の婿養子縁組の現代版といったところですね。この方法によって、妻の両親は『婿殿』を尊重することができ、妻は夫を立てることができ、夫は筆頭者になることができるということなのでしょうか。

 このケースでは、養子となった時点で夫は妻と同じ戸籍に入ります。妻の両親にとって、妻も夫も同じく「我が子」なのです。すなわち妻と夫は兄妹(もしくは姉弟)ということです。そう、日本では兄妹で結婚できるのです!

 (注:実の兄妹は結婚できません。念のため。)



(5)相続税対策の縁組・サラ金逃れの縁組

 一昔前、養子縁組をして相続人を増やし、相続税を減らす方法が流行しました。孫や同居している息子の妻を養子にするケースが多かったように記憶しています。その後税法が改正されたため、今はずいぶん減ってきました。

 最近の新種は、サラ金のブラックリストに載ってしまい借金できなくなった人が、養子縁組で名前を変えて再び借金するというタイプ。縁組を繰返せばいくらでも借りられます。頭のいい人がいるものです。





『お客様D』 自分の子を養子にできるのですか



(1)嫡出でない子が嫡出子の身分になるのは地位向上?!

 自分の嫡出子と養子縁組することはできません。実益がないからです。しかし、嫡出でない子の場合は、縁組により嫡出子の身分を取得し、『地位向上』という実益があるので縁組できる、と戸籍実務の解説書に載っています。これが法務省の考え方です。

 自分の子と養子縁組なんて「ええっ」と思いますよね。それに、嫡出子になれば『地位向上』という発想がそもそも疑問です。

 確かに、嫡出でない子と嫡出子の二人の子を持つ母が亡くなると、ご存知のとおり、嫡出子が三分の二・嫡出でない子は三分の一の相続分になります。(前号のVoiceに載ったとおり、最高裁判所は再び相続差別を合憲としました!)ところが、母が嫡出でない子と縁組をすれば、二人の子の相続分は平等になります。縁組の実益があるということですね。

 でも、それなら嫡出子になると『相続分が増える』と言えばよいのです。『地位向上』と言う必要はありません。『地位向上』という言い方の裏には、相続分のことだけでなく、嫡出でない子を蔑視する心情が込められていると思わざるを得ません。



(2)実子との養子縁組が強制されるなんて!

 さらに、自分の嫡出でない子を、養子にしなければいけない場合もあります。

 配偶者のいる人が未成年の子を養子とする場合は、夫妻そろって縁組しなければなりません。ただし、母の嫡出子である連れ子と後夫のように、一方の嫡出子を養子とする場合は他方とだけの縁組で足ります。しかし、嫡出でない子の母が結婚し、夫と実子が養子縁組する場合は、母もまた夫とともに自分の子どもと養子縁組しなければならないのです。

 1987年以前は、母が実子と縁組するかどうかは母の意思に任されていました。ところが1987年の民法改正で、このケースでは母も夫とともに縁組しなければならないと変更になりました。法務省の言い分はこうです。「配偶者が自己の非嫡出子を養子とすることは、非嫡出子の法律上の地位の向上をもたらすものであり、子の利益の観点から妥当なものである。したがって、そのような場合にも夫婦の一方には養子(嫡出子)で他の一方には非嫡出子とするような不自然な選択を認めることは妥当でない………」

 この意味、わかりますか? 私は何回読んでもわかりません。どこが不自然なのか、なぜ妥当でないのか。その上、母に嫡出でない子しかいなければ、何ら実益もないのです。



(3)実子との縁組は手続きが大変

 しかも、母(または父)が15歳未満の自分の子と養子縁組する手続きは、少し大変です。15歳未満の子が養子となるときは、法定代理人(多くは親権者)が子の代わりに承諾します。しかし、養親になろうとする母(または父)が子の親権者であるときは、利益相反行為にあたるので、子の代理人として縁組の承諾をすることができないとされています。一人の人間が、養母(または養父)の立場と、養子の代理人という立場を、同時に兼ねてはいけないということです。

 どうしたら良いかというと、子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求しなければなりません。特別代理人が選任されたら、市役所で届出ができます。

 でも、そもそも自分の子と縁組するのに、子の利益を害することがあるでしょうか。



(4)改心した極悪人(婚姻した非婚の母)は許される?

 (2)のケースでも(3)で述べたように、子が15歳未満の場合は利益相反行為に引っかかり、特別代理人を選任しなければなりませんでした。

 ところが1988年に通達が出て、配偶者とともに自分の嫡出でない子を養子とする場合だけは、特別代理人を必要としなくなりました。すなわちこういうことです。「母が単身の場合は利益相反行為だから子のために特別代理人をつけなさい。母が結婚すれば利益相反行為ではないから特別代理人は必要ありません。」

 母の婚姻の有無により何故異なる扱いになるのでしょうか。女は結婚していないと子どもの利益を考えないけれど、結婚したとたんに子どもの利益を考えるようになるのでしょうか。むしろ逆でしょう。

 私には、「極悪人(非婚の母)が改心(婚姻)すれば許してあげよう。改心しなければ懲らしめるぞ。」と国から言われているように思えて、非常に不愉快です。