中学生にも分かる?判決解説

 

大村 芳昭

 

1.原告は裁判所に何を求めたのか

 今回の裁判は、Aさんの出生届が受理されていないこと を理由に、世田谷区が子の住民票を作成しなかったことに対して、Aさんと、母親のBさん、父親のCさんの3人が原告となって、住民票を作成しなかった世田 谷区を被告として、裁判所に対し、・Aさんの住民票を作成しないという世田谷区の処分を取り消してほしい、・Aさんのために住民票を作成することを世田谷 区に命令してほしい、・Aさんについて住民票が作成されなかったために精神的損害を受けたので賠償金(慰謝料)を払ってほしい、という3つのことを求めて 起こした裁判です。3人の原告(Aさん、Bさん、Cさん)がそれぞれ3つの内容 (・取消、・作成命令、・賠償)を請求していますので、裁判所は合計(3 ×3=)9つの内容について判断するわけです。

 

2.東京地裁はどう判断したか

 Aさん(以下「子」と表記します)Bさん(以下「母」 と表記します)Cさん(以下 「父」と表記します)が最初に裁判を起こしたのは東京地方裁判所です。これは、国や自治体の処分について訴える裁判はまず地 方裁判所に起こすべきことが法律で決まっているからです。東京地方裁判所は次のように判断しました。

(1) 子からの「取消」請求:世田谷区が住民票を作らなかったのは、世田谷区長に与えられた裁量権の範囲を超えていて違法だから、取消請求を認める。

(2) 子からの「作成命令」請求:(1) で述べたのと同じ理由を含めて、世田谷区に住民票作成を命ずるために法律が求める条件を満たしているから、作成命令請求を認める。

(3) 子からの「賠償」請求:世田谷区が住民票を作らなかったのは出生届が受理されていなかったからであり、職務怠慢とまでは言えないから、賠償請求は認めない。

(4) 母からの「取消」請求:母にはそのような請求をする資格がないから、取消請求は認めない。

(5) 母からの「作成命令」請求:母にはそのような請求をする資格がないから、作成命令請求は認めない。

(6) 母からの「賠償」請求:世田谷区が住民票を作らなかったのは出生届が受理されていなかったからであり、職務怠慢とまでは言えないから、賠償請求は認めない。

(7) 父からの「取消」請求:父にはそのような請求をする資格がないから、取消請求は認めない。

(8) 父からの「作成命令」請求:父にはそのような請求をする資格がないから、作成命令請求は認めない。

(9) 父からの「賠償」請求:世田谷区が住民票を作らなかったのは出生届が受理されていなかったからであり、職務怠慢とまでは言えないから、賠償請求は認めない。

 

3.地裁判決の注目ポイント

 中でも特に注目したい箇所が2つあります。まず1つ目は、 (1) の取消請求について判断するときに、住民票に記載されないことで日常生活上さまざまな場面(小学校入学、区営住宅入居、転出証明、健康保険、年金、アパート等の賃貸借、将来の選挙権行使など)で不利益を受けるという事実を重視したことです。

2 つ目は、住民票は原則として出生届が受理されてから作成すればよいと判断しながらも、出生届が受理されていない場合でも、出生届が提出されていて、住民票 に記載すべき内容を正確に確認できる場合には、住民票を作成してよいし、作成すべきであると判断した点です。区長の裁量権を基本的に認めながらも、その裁 量権の行使の仕方に合理的な枠をはめようとした、という意味で、ある意味では実にうまい落としどころを見つけた判決であると私は思いました。

 

4.東京高裁はどう判断したか

 地裁判決は原告が一部勝って被告も一部勝ったという内 容でしたので、原告も被告も、自分が負けた部分については不満だというわけで、東京高等裁判所に訴えました(ただ、原告としては、被告・世田谷区が住民票 を作ってさえくれれば、たとえ慰謝料をもらえなくても、控訴しなくてよいと考えていたのですが)。このような、最初の判決に不満な者がもう一度裁判をして ほしいと求める手続を「控訴」といいます。地方裁判所の判決に対する控訴については、法律で高等裁判所で裁判すると法律で決められているため、今回の場合 は東京高等裁判所で改めて裁判を行うことになりました。

 東京高等裁判所は、最初から結論を決めていたかのように、満足な審理もしないまま判決を出しました。その段階で、もしかして原告に不利な判決が出るのではないかと心配はしていましたが、予想通り、ひどい判決が出ました。地裁判決と同じように (1) から(9) までに分類して簡単に示すと、その内容は次の通りです。

(1) 子からの「取消」請求:出生届が受理されていない場合に職権で住民票を作らねばならないのは極めて例外的な場合だけであり、今回はそれに当たらないから、世田谷区が住民票を作成しなかったのは適法であり、取消請求は認めない。(地裁とは逆の結論)

(2) 子からの「作成命令」請求:世田谷区が住民票を作らなかったのは適法である上、住民票がなくてもAに重大な損害は生じないのであって、Aには住民票の作成命令を求める資格がないから、作成命令請求は認めない。(地裁とは逆の結論)

(3) 子からの「賠償」請求:住民票を作成しなかったのは違法ではないから、賠償請求は認めない。(結論は地裁と同じ。ただし理由付けが違う)

(4) 母からの「取消」請求:認めない(理由・結論とも地裁と同じ)

(5) 母からの「作成命令」請求:認めない(理由・結論とも地裁と同じ)

(6) 母からの「賠償」請求:住民票を作成しなかったのは違法ではないから、賠償請求は認めない。(結論は地裁と同じ。ただし説明の仕方が違う)

(7) 父からの「取消」請求:認めない(理由・結論とも地裁と同じ)

(8) 父からの「作成命令」請求:認めない(理由・結論とも地裁と同じ)

(9) 父からの「賠償」請求:住民票を作成しなかったのは違法ではないから、賠償請求は認めない。(結論は地裁と同じ。ただし理由付けが違う)

 

5.高裁判決の注目ポイント

 中でも特に重要なのは、地裁判決が認めた区長の裁量権 を真正面から否定し、職権で住民票を記載すべき場合があるとしても、それは出生届の提出が社会通念上期待できない場合に限られるとした上で、今回の場合、 出所届が受理されなかったのは父母の(両親が結婚しているかどうかで子の戸籍の続柄の書き方を変えるのは差別であるという)個人的信条に基づくものに過ぎ ないから、出生届ができない場合には当たらない、とした点です。

東 京高裁は、婚外子の相続分差別が合憲であるという最高裁判決を持ち出して、婚外子を区別するのは法律上問題ないのだから、そんなことを気にするのは「個人 的」信条に過ぎない、と言いたいのでしょうが、婚外子差別は、日本も加わっている複数の国際条約 (条約は法律よりも上位であるというのは異論なく認めら れています)に違反するものであり、それにも関わらず法律上の婚外子差別を温存していることで、日本政府が国際的に繰り返し批判されているのです。この事 実を東京高裁はどう考えているのでしょうか。

6.おわりに

 今後、裁判は最高裁判所に舞台を移して続けられます。最高裁が婚外子差別の不当性・違法性に真正面から取り組むような、画期的な、いや、良識的な判断を下してくれることを祈りたいと思います。