地裁判決を読んで

  弁護士 吉 岡 睦 子

 1.今回の判決において、結論もさることながら、裁判所がどのような判断を示すのか注目していた点は、以下の通り4点あった。
    i     婚外子の差別の実態について裁判所はどのようにとらえるか。
    ii     婚外子差別撤廃の国際的な潮流から日本が取り残されるような現状になっていること及び国際条約違反の勧告を度々受けていることを裁判所がどう見るか。
    iii     行政の裁量権の範囲を広くとらえる国の主張についてどのような判断をするのか。 
    iv     国の主張する戸籍の一覧性についてどう判断するのか。

 2.まず、i. について判決は、「非嫡出子は、(中略)就学、就職及び結婚等の社会関係において今なお看過し難い不利益な取扱いを受けているところ、社会生活においては、多くの場面において戸籍の謄本の提出が求められることがあり、その戸籍の記載によって非嫡出子であることが判明し、差別等が助長されることが認められる。」と認定した。このように、裁判所は今なお婚外子について、看過し難い不利益な取扱い=差別が残っていること、戸籍の記載がそれを助長していることを明確に認めたのである。この認定部分には、多くの方々が心血を注いで書いてくださった陳述書が証拠として引用されていることからもわかる通り、陳述書の内容によって裁判官が差別の実態を認識したと言える。

 3.次に、ii. については、判決文の最後の方で多少触れられている程度であり、その内容も、「国連の規約人権委員会のコメントは、戸籍の記載そのものを取り上げたものであり、続柄の記載が許されることを前提として続柄欄の記載を問題とするものではない」と述べて法務大臣に注意義務違反はないと簡単に判断している。
  しかしながら、上記判決の記述はほとんど詭弁に近い。国連の規約人権委員会の最終勧告は、民法の相続分差別を含めて、日本国内に残る婚外子の差別撤廃を求めており、その一環として戸籍の記載を問題にしていることは明らかだからである。即ち、戸籍において婚外子を差別して記載すること自体を条約違反と指摘しているのであるから、続柄で一見して婚外子とわかる記載をすることは、尚更一層許されないことになる。
  判決は、国連の様々な委員会が1993年、1998年、2001年、2003、2004年と再三にわたって婚外子差別の国際条約違反を指摘し、差別是正を勧告しているという事実をあまりにも軽視しているものと言わざるを得ない。

 4.iii. について、裁判所は国の包括的な裁量を認めつつも、続柄記載の合理性、必要性を検討して、それらが「乏しいもの」と断じたのであるが、その一方、これまで続柄記載を違法とした判例はないことなどを理由として、国家賠償法上の違法性は否定した。理路一貫せず、中途半端な判断であるし、納得できるものではない。それまで直接違法とする判例はなかったとしても、条約違反の勧告が再三なされていたのであるから、国には当然違法性の認識があったというべきである。ただ、裁判所の判断によっても、今回の判決後は少なくとも違法との評価を受けることを示唆しており、続柄表記の改正を促していることは間違いない。

 5.iv. については、国が続柄記載の根拠として、従来強く主張してきたところであったが、判決は婚外子であることが一見して明瞭に判別される方法を用いることの合理性、必要性は乏しい、とし、「一覧性」の概念自体あいまいなものであり、合理性を基礎づけるに十分なものということはできない、と明快に判断している。

 6.総じて、判決は、婚外子差別の実態を十分認識し、戸籍の続柄記載がプライバシー権を侵害しているとしている点で、一定の評価をしうるものであるが、反面、民法の相続分差別を合憲とする最高裁大法廷決定に拘泥して、相続分に差があること、婚外子・婚内子の区別は必要であることを前提として記載の違法性を検討したために、違法性はなしとの結論になってしまった。
  原告代理人としては、判決が続柄記載のプライバシー権侵害を認定した以上、もう一歩踏み込んで違法性の判断をして欲しかった、と思わざるを得ない。控訴審では一審判決で獲得できた成果を前提として、更に一歩進んで違法の判断を勝ち取ることを目指したい。

 7.なお、半ば予想されたことではあったが、判決後、法務省が規則改正作業に着手したと報じられた。聞けば、長女長男に表記を統一する方向で検討しているという。しかしながら、長女長男は家督相続の名残の呼称であり、それ自体問題が多い。
  このような表記をとることは混乱を招くだけで、とりあえず表記の差別をなくすためだけの付け焼き刃的な措置に過ぎない。続柄欄はやめて性別の表記のみに留めることがもっとも合理的で平等な記載ではなかろうか。